ばら苑

昭和32年に、小田急線開業30周年を記念して、向ヶ丘遊園地内にばら苑の建設が計画されました。

当時の時代背景としては、戦後の復興が終わり、近代化によって新しい経済の発展が予測されている時代でした。
一般の生活も安定し、花への関心も高まりをみせていた。
特に欧米では花の王といわれる「ばら」への関心が強まり
イギリス、フランス、オランダ、西ドイツ、ベルギー、スペイン、アメリカ等の
著名な「ばら」育種家が今日に残る名花を数多く作出した時期で
中でもフランスのF・メイヤン氏が世界平和を祈願して造り出した「ピース」が
センセーションを巻き起こし、世界各国で「ばら」栽培のブームが到来し、各植物園や一部私鉄の遊園地でも競って
「ばら園」を造成した時期であった。
向ヶ丘遊園も桜とつつじの名所として知られていた為、記念事業として「ばら苑」を造成し、「花と緑の向ヶ丘遊園」を充実させようと、野球場を転用して他に類を見ない大規模な「ばら苑」を造り上げたのである。

そして、昭和33年5月23日に関東一を誇る「ばら苑」がオープンいたしました。

敷地面積約16500㎡

開苑直後の昭和33年5月27日には、秩父宮妃殿下、
開苑一周年の昭和34年5月23日には、高松宮妃殿下がご来苑がされています。

向ヶ丘遊園閉園後は川崎市が土地を売却し
現在はボランティアの方々により手入れされ、遊園営業時以上に素晴らしい
「ばら苑」になっております。

当時の「ローズガーデンマップ」

当時はバラではなく、池の中に生えている藻を取って遊んでいました。苦笑

大きな池の跡の中央にある「子供が白鳥の尾を引っぱっている作品」は、多摩美術大学教授、早川氏の彫刻。

開苑直後の昭和33年5月27日、秩父宮妃殿下ご来苑時の写真。