2025年秋のばら苑パンフレット

生田緑地ばら苑「歴史とボランティア」

苑内に掲示されていたパネルより

2025年秋のばら苑レポート-2度目のさようなら-(令和7年11月)

向ヶ丘遊園閉園後、23年が経過しました。
今回の秋のばら苑公開を境に5年程の長期休苑になるということです。
今後どのような形で再開するのか、今までのばら苑のまま再開するのか。
そのようなことを考えながら美しいばらの楽園に向かいました。

警備員さん、いつもお疲れ様です。

向ヶ丘遊園が閉園し、しばらくの間はそのままになっていましたが2023~2024年頃に山は削られ整地されました。
上側に見える柵の辺りがプール入口前の広場で、当時は射的や輪投げなどがありました。
左手に見えるトンネルの入口のような構造物は長い間埋められ隠されていた豪の跡です。

プールまで繋がっていた階段は再開発で半分程の幅になりましたが、全て壊されずに再利用され綺麗な姿に生まれ変わっていました。

振り向き後方を撮影。

この広大なプールの跡地には何が出来るのだろうか。

この看板を眺めるのも最後になりそうです。

ばらの楽園に行くには最後の難所を超えなければなりません。
ばら苑に通う事こそが健康の秘訣ですね。

緑のトンネルをくぐり…

ここを抜ければ…

ばら苑に到着です!

まずは募金から。

向ヶ丘遊園が閉園後、ばら苑は川崎市、ばら苑ボランティアの方々のご尽力のおかげで現代まで当時とほぼ同じ姿で残り、地域の方々の憩いの場として大変賑わっています。

池跡の芝生上では、コンサート

ブルガリアダンスの公演がされていました。

後ろではグッズの販売が行われています。

ローズガーデンハウス横ではキッチンカーも設置され、苑内で食事やデザートを食べることが出来ます。
向ヶ丘遊園営業時にはここにカプセル型の売店があり、軽食が購入出来ました。

素敵なボランティアの方々によって苑内ツアーも開催されていました。

個人的には赤いバラが好き。

そろそろローズガーデンハウスにもお別れを言って帰路に就こうと思います。

今日で今までのばら苑とお別れだと想うと悲しくてたまりません。
また、その気持ちとは裏腹に頭ではわかっているはずなのに、これで最後だという実感が湧きません。そんなことを考えていたら遊園地最終日の記憶がフラッシュバックしてきました。
そういえば、あの時も実感が湧かず、只々いつものように乗り物に乗って楽しんでいたなと。
閉園してしばらくしてから、とても寂しい気持ちになりました。
気付いたらまた遊園に通い、目の前で解体され消え去ってゆく今までお世話になった「のりもの」達にお別れを言いに行ったなと…

ばら苑一時閉苑後もこの入口の銘板は残してほしいですね。

「案内役はボクだよ!」

ん?

何かいる…
また、前回のように迷子の子か?
どこかで見たことあるような…

やっぱり!

さて、話は変わりますが「シルバニアファミリー館」が向ヶ丘遊園にあったことを覚えている方はいますか?
シルバニアファミリーは1985年に発売され、当時としてはエポック社初の女児向け玩具でした。発売されるやいなや大人気となり、1987年(昭和62年)には、ここ向ヶ丘遊園にもウサギファミリー達がやってきました。

「シルバニアファミリー館」がなくなってからはこのばら苑に引っ越してきて、花壇に穴を掘ってバラの根の下で家族みんなで静かに暮らしているのだそうです。
バラの花壇に穴が開いていたのをよく見かけましたが、犯人はシルバニアファミリー達だったのですね。
グレーウサギの男の子が案内してくれるとの事なのでまたばら苑に舞い戻ります…

「雨が降った時はこの中に水が溜まるから、家族で水浴びにくるんだよー」
中央の池が埋め立てられてからはここがファミリー達の大浴場になっていたようです。

「この子供が白鳥の尾を引っぱっている作品は、多摩美術大学教授、早川氏の彫刻なんだよー」

「このバラの香りがたまらないんだよなー」
いつもボランティアの方々がバラの手入れをしてくれているおかげで、グレーウサギの男の子もご満悦です。

ただ、このグレーウサギの男の子も再開発が心配な様子。
「ばら苑が造成工事で掘り起こされると住むところが無くなっちゃう、出来れば今のままのばら苑を残してほしいんだなー、また遊びに来てね」と森へ帰っていきました。

終わり掛けにローズガーデンハウスに寄ると、ボランティアの方々が終礼を行っていました。

花の女神フローラ像もなにか悲しげです。
今後の再開発でばら苑やフローラ像達はどのようになってしまうのか…
不安ばかりですが、きっとまた会えるよね。
そう信じて、その時が来るまで待ち続けたいと思います。
ありがとう、向ヶ丘遊園ばら苑。